あおり運転でうつ病発症認定されて720万円の賠償命令

追い越されたことに腹が立った?

 

事件の概要は

2012年11月5日早朝に神戸市灘区の市道での出来事。
追い越した車の運転手が腹を立てたのか追いかけてきて、信号待ちで止まった際に「出てこい」などと言いながら、窓ガラスを叩かれたりドアを蹴られた。

その8日後に、ショックで眠れなくなり後方の車が過度に気になるようになったと医師に相談した。
また次第に職場へも通えなくなり、うつ病と診断された。

 

裁判となり神戸地裁は
「恐怖を与える行為で、うつ病はトラブルに起因するものと考えて矛盾はない」
として被告側に720万円の賠償命令を出した。

 

この裁判で被告側は
「クラクションを鳴らしたが、無視されたので注意するために追走した」
と言っていたそうですが、追い越し方が危険だったとか何か要因があったのかな?
ただ追い越されただけでクラクションを鳴らすとか、注意しようとしたとか、無視されたから追いかけたとか、信号待ちで止まったときに車を叩いたり蹴ったりって、いったいどういう事なのか。

ホントに多い越す際に接触しそうになったとか原因があれば分かるんだけど、そのあたりは報道されていないのでよく分かりません。

 

 

追い越したとたんに追いかけてくる

 

私自身の経験からですが、たしかに追い越したとたんに速度を上げて追いかけてくる人っていますよね。
中には横に並んできて睨みつけてくる人もいます。

それはあおり運転がクローズアップされ、法改正によって検挙されやすい状態になった今でも起こっています。

追い越されたら腹を立て、脇道から入ろうとしたけど直進車が入れてくれなかったから腹を立て、思い込みで付け回されたと思って腹を立て・・・

 

ハンドルを握った瞬間に人格が変わるなんてよく言われますが、ホントは人格が変わるのではなく、本来の人格は普段は隠れているけどハンドルを握ることであらわになっているだけなんですよ。

 

車のハンドルはあくまでそのスイッチにすぎない。

 

私見ですけど、元々持っている人格や性格が急に変わるはずもなく、あおり運転で逮捕されて裁判では反省している風を醸し出したとしても、それはいつも以上に本来の人格を心の奥底にしまい込んだだけ。

例の常磐自動車道で幅寄せや割り込みを繰り返して最後には停車させ、男性の顔を殴って軽傷を負わせるは同乗の女性はガラケー片手に動画撮影?していたという、あまりにも有名なあおり運転のあのおじさん。

「車は好きなので今後十分に考えたい」
「安全運転の模範になるくらいの覚悟を持ちたい」

なんて言っていることから免許を再取得するんでしょうね。

もちろん再び免許を取ってはいけないなんて制限をする法律はないのだから、そりゃあ試験に合格すれば免許証を再び手にすることはできるし、また高速道路を走ることも当然できるわけです。

でもハンドルを握ると本来の人格や性格が再び現れますよ、きっと。
事件化したときのようなあおり行為には至らないかもしれません。
でも自分の本性をどこまで抑えることができるのか、私はかなり疑問なんですよね。

 

 

結局は自分の身は自分で守るしか

あおり運転に関して思うことは、自分の身は自分で守るしかないということ。
それ以外に防ぎようがないと思うんです。

たとえば追い越し車線は基本的に走らない。
あおり運転する人が持つ思考には

“追い越し車線をゆっくり走って自分の走行を邪魔している”

というのがあります。
中途半端に法規を知っているんですよ。
もっとも右側の車線は追い越しを行うための車線であるってことを。

だから追い越し車線をゆっくり走っている車に遭遇すると

「こいつ、追い越し車線だということを知らんのか!」

って隠れていた攻撃的な人格が表面に出てしまい、あおり運転へと発展するのです。

 

あとは車種をよく見ることですよ。
追い越されて怒る人が乗っている車や、脇道などから入ろうとして入れてくれずに怒る人が乗っている車って、だいたい同じような車種ですよ。

そういった車種を好んで乗るっていう事は、性格などもどこかで似ているんじゃないかなって思うんです。

その車種に乗っている人みんながあおり運転をするわけではもちろんありません。
仕事上乗らざるを得ない人もいますからね。

でもそういった車種には近づかない事で自分の身が守れるのならば、やっぱり選択としては正しいのだと思うのです。

 

いくら法律を厳しく改正したとしても

心の奥底にある本性までは変えることはできない

 


神戸市灘区の市道での出来事を今回取り上げたのは

私の居住地のすぐ近くだったから

そして頻繁に利用する道路だったからです

 

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