昔はもっと寛容だったなと思い起こさせるお店のポップ

 

ネットニュースを見ていたらこんな画像が目に飛び込んできました。

これは青森県むつ市の「スーパーエチゴヤ」の精肉売り場に掲げられたポップで、精肉売り場を担当している方が新型コロナワクチンの副反応によって出社できなくなったために取られた処置だそうです。

「スーパーエチゴヤ」は個人が経営するスーパーだそうで、一人が欠ければすぐに営業に影響が出る規模。

お惣菜や唐揚げなどはこちらのお店で作られているそうで、なかなかのお味だという事です。

 

 

また以前にはパソコンが壊れてしまって新聞折込用のチラシが作成できず

コピー用紙に筆ペンで書いてお店の入り口に貼り付けたこともあったようです。

 

規模の小さなお店に代替要員を準備できるわけがなく、素直にポップに書かれたら

「仕方ないな」

って思ってしまうでしょう。

新聞にチラシが入っていなかったら、今日は特売はしないのかなって思うかもしれません。

でもいつもこのお店を利用するお客さんはいつも通りにお店へ行って、店頭に貼られた紙を見たら納得しちゃうでしょう。

 

今は全国展開のスーパーが小さな町にも進出しています。

画一的な品ぞろえに画一的な接客態度。

この画一的なサービスにどこか安心してしまう部分もあります。

でも全国展開するようなスーパーや、高級感を売りにしているようなスーパーにはこのようなことはできません。

お肉を切る社員がいないとか、チラシを作ることができないなんて、お客さん側からもお店や会社の上層部の人たちからも許さないって感じが出るんじゃないかな。

お客さんはいつもと同じで画一的なサービスを求めているから、いつもと違えば違和感や不安感を感じる。

違和感や不安感はイライラの素となって、そのお客さんはしばらくの間このお店に通わなくなるかもしれません。

 

 

でも小さな町のスーパーって季節ごとのお惣菜を用意してあったり、季節ごとの食材を用意しています。

それはその町に住む人のニーズともあっており、利用するお客さんにとって心地が良いから。

「この食材が並ぶ季節なんだ」

と季節を感じたりするんですよね。

そこには昔ながらの日本人の大らかさというか寛容な心に通ずるものがあるのかも。

 

チェーン展開しているお店にはない素直な表現のポップや貼り紙。

そしてそれを受け止めることができる寛容な利用者たち。

都会に住んでいると寛容な心がどんどん削ぎ落とされていく、そんな気がします。

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